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相変わらずの二次創作ブログです。こちらでもsullen loannee過去作品を読めるようにしました。 *次世代作品をここに掲載するかどうかは未定です。多すぎ。しかもまだ終わらない。
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red handed

「やはり思い出せない」
ミカエルが同じことを2度3度呟くので、前を歩いていたトーマスが振り返った。
赤土の細い道を、南国の太陽が照りつけ、ミカエルのうつむき加減の顔はすっかり影に覆われていた。
「あのう、この先に水音がしますし、休憩しましょうか」
ミカエルは顔を上げ、愛想もなくこう言った。「必要ない」

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「さようですか、僕もまだどうにか歩けます」後ろからくしゃくしゃ頭の若者が言った。
「そう、ですか」
トーマスは最後尾のノーラには、目で合図しただけだった。数分前にも軽く地震があった。今いる道がふさがれないうちに急いだほうがいい。ノーラはこのくらいの道で音を上げたりはしない。手前の若者は、長い間この先の岩穴に閉じ込められていたので、ノーラに比べるとひ弱に見える。
一行はそのまま道を岩山のほうへと無言で進み、涼しげな木陰のある草地でようやく一息ついた。岩の向こうには小さな滝と呼べる清水の流れがあり、カラフルな鳥が飛び交ういい場所である。
若者の名はレッドといった。赤毛だからついたあだ名なのかとミカエルに聞かれて、本名ですとにっこりしていう。
彼によれば、ミュルスの郷士の三男だったが、武芸も学問も好きでなく、ただ器用でお菓子に目がなかったので親を説得して菓子職人の道を選んだ。1年前、ロアーヌ宮でパティシエになれたのが嬉しくて、せっせと新しいデザートの研究をしていた。だがパティシエのチーフにはあまり認められず、もっと基本を、と指導された。レッドは素直に指導に従い、奇抜なデザートは控えて、若きロアーヌ侯爵がラウラン家をもてなす午餐に、デザートを出すことが許されるまでになった。
「奇抜なデザート?」ミカエルは眉をひそめて小声で言った。ちょっとこれは、覚えがあるようだ。モニカや侍女たちが庭園でお茶をしていたとき、運ばれてきたデザートがかなり濃い紫だった。紫色というだけなら、紫イモを使用したスイーツがいくらでもあるが、それは繁殖期のみ紫に変色する、シノンのカワカマスだったのである。
今思えば、奇抜なデザートを作る若いパティシエの話を聞いたことがあるのかも知れない。だがやはり、完全に彼を思い出すのは無理だ。何しろ、ロアーヌ宮には27人の料理の監督官と、18人の肉料理専門家、16人の魚料理担当、14人のスープ料理人、17人の野菜ソムリエと11人のパティシエ、数人の毒見役と、数十人の配膳係がいるのだ。ミカエルが努力しても全員を把握することは難しい。モニカに至っては人間不信だから人の顔を覚えない。こういうことを苦労なしに覚えて、かれらと自然に付き合えるとしたカタリナだろうが、惜しいことに彼女は不在。
「なぜいない、こんなときに」
いない相手に文句を言ってから、ミカエルは次の質問をした。
「それで、パティシエがこの島の岩穴に閉じ込められたのはどういうわけなのだ?」
「全くの偶然なんです。ていうか、長い話です」
「このタバコが終わるまでに頼むわ」
「あるいは、もっと短めでもいい」ミカエルは岩にもたれて言った。

レッドの話に拠れば。
休暇でピドナからウィルミントンを目指したが、船賃を節約して料理本を買いたかったレッドは、小型のレジャー用ヨットをレンタルし、天気が悪いと警告されたにも関わらず、休暇があと2日しかないからと、無謀にも大洋に漕ぎ出した。そして嵐に見舞われある無人島に流れ着いた、と思いきや、そこには運悪くドフォーレ商会の荒っぽい連中がいて、レッドは彼らが何か赤い生き物を運搬する現場にでくわしたのである。
口封じとばかりに縛り上げられ、島の岩穴に閉じ込められた。
「死ぬかと思いましたよ」
でも彼は結局運が良かった。
再度嵐が海域を通り過ぎ、ドフォーレの船は難破してしまったらしい。そして岩穴には、密売されていた赤い生き物、人と等身大のロブスターの集団が入り込んでいた。驚くべきことにロブスター族は人語を理解したので、レッドは彼らと協力して、岩穴に生える海草を主食に生き延びた。
「ちょっと待って」珍しくノーラがタバコを口から離して言った。「ロブスター族が入り込んで来たなら、岸に近い海中に出口があったということじゃないの。どうしてそこから脱出しなかったの」
「ロブスターは海底で暮らすこともできますが、僕はカナヅチなんで」
と、いかにもあっさり諦めたということらしい。
ロブスター族は心優しい種族で、異文化人(というのか?)のレッドを親身に世話した。レッドは特に長老から可愛がられ、ロブスターの伝承について話をきいた。それで海草で得意の料理(デザートに限定)を振る舞い、彼らになじんでいった。岩穴は、探索するとかなり広い頑丈なつくりで、おそらくドフォーレの連中も、ここがそんな広い空間とは知らずにレッドを放り込んだに違いない。だがともかく、レッドはここでロブスター族と4ヶ月暮らした。ある日、ちょっとした地震があって、岸に通じる出口が出現した。

「4ヶ月も行方不明だったなら、ミュルスの実家は大騒ぎではないか」
しかるに、そんな報告は来ていない。
「家族ものんびりしてるんです」
「ヨットの持ち主も気にしてないみたいですね」
だが、ここがロブスターばかりの最果ての島であることは確かであり、並の人間であるレッドを放置していくわけにも行かない。彼に聞くと、とりあえずバンガードに乗ることは抵抗がないらしいし、一旦陸地に戻って、ミュルスに行く船に乗せてしまえば十分であろう。ロブスターの長老はレッドを頼みますといい、ご丁寧にも一行に水難を避けるお守りとやらを持たせてくれた。
もとはといえば、と、ミカエルは前方の滝を見上げた。上陸したのはわずか6時間前だったのに、ロブスターの集落に着くや、突然の地滑りと地割れでもと来た道は通行できず、それでこの怪しげな岩山を通り抜ける羽目になったのだ。そして、滝に何かが動くのを見た。
「何だ、あれは!」
ミカエルの声にあとの者も警戒して武器に手をかけた。前方の滝は、さっきまではもっと小さかったのに、今や水は轟音を立てている。近くにいた鳥も飛び去ってしまい、水の幕の向こうにもっと巨大なぬるりとした姿が近づいている。
「あれは水竜に違いありません。ロブスター族の伝承によれば……」
能天気にもレッドが言いかけたが、ミカエルたちは身を守るために足場を探していた。滝の飛沫が顔にまでかかる。奥から咆哮が聞こえた。もと来た道を逃げてもいいが、あの巨大さ。また地割れでも起こされたら戦う以前にゲームオーバーである。
 頭部が現れ、ノーラに咬み付こうとして飛び掛ったが、傍のトーマスに見切られカウンターを食らった。怒り狂った竜の尾がトーマスに襲い掛かる。バシッ! 泥が周囲に飛び散った。
ノーラがガードしたおかげで彼は回避したが、背後の山道が大きく崩れてしまった。
「伝承によれば、何?」と、トーマスが叫んだ。「今回の地震と関係あるでしょ?」
「えっと、最果ての島はある日、滝に現れた水竜により4割を崩されると」
「4割って分量が決まってるの?」
「そして砂岩の丘が半分だけ水没し砂洲が隣の島へとつながる。岩山は火山活動を始めて、2ヶ月もすれば、ふもとの荒野はリュウゼツランが生い茂る」
「それさ、いわゆる伝承というよりまるで、何かの段取りメモ……」
ノーラが言いかけて、また乱闘にとりかかった。そこらじゅうの岩が落ち、枝が折れ、泥がはねる。どちらも引かない戦いだが、とにかく足場が悪い。今度はミカエルが水竜に斬りかかった。
ガシッ。カチャッ。
斬ろうが刺そうが、かすり傷。トーマスは鞭を食いちぎられ、反動で、水が渦を巻く滝つぼに叩き落された。
「トーマス!」ノーラが叫んで助けに飛び込む。
ミカエルが2人に気をとられた一瞬、水竜の爪が振り下ろされようとした。ミカエルは気付いたが、背後は岩で、よける空間がない。ミカエルがレイピアだけとっさに構えた、そのとき。
バシッ。
ミカエルは驚いて息を呑んだ。
レッドが、あの能天気でひ弱そうな自称パティシエが、水竜の顔を手の甲でひっぱたき、この竜を止めたのである。しかも、そのときの手が、赤く鋼のようなロブスターのハサミそのものに見えたのだ。レッドは、唖然として動きを停止した巨大な竜に言って聞かせた。
「おい、お前は水竜だろう。じゃあ伝承の通りにしろよ。1グラムたりとも間違うんじゃない。時間を有効に使い、仕上げまで集中を切らすな。さあ、わかったら仕事にかかれ!」
彼が毅然と言い放ち手を叩くと、水竜は滝の奥へといそいそと戻っていってしまった。
トーマスとノーラはというと、渦に飲まれていた間も、なぜか呼吸が出来たと言い、元気に戻ってきた。
「お守りが、効いたね」レッドはにっこりして、自分も首につるした魚鱗を持ちあげて見せた。

一行がバンガードに乗る頃、最果ての島は綺麗に4割ほどが削れて、砂岩の真っ白な砂洲をつくり、岩山は島中央で愛らしいポットのように煙を吐いていた。きっと2ヶ月後には、洒落たサラダのようにリュウゼツランが茂るだろう。そのようにロブスター族伝承のレシピは、水竜によって継承され、見事に島を再生させていく。
ミカエルは、ふと、侍従長の言ったことを思い出した。

――ミカエル様、この度、パティシエを1人新規採用しましたのでご報告します。彼はミュルスの出身で、変わり者ですが、料理監督官が揃って筋金入りのパティシエと言い切りました。名をレッド・ボストンと申します。どうぞ、新しいデザートをお楽しみくださいませ。


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書き下ろしでございます。夜中に一気書きしたので不備があるかも知れませんが、修正はまた後ほどさせていただきます。



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